【LIVE1207】日本フィル・特別演奏会横浜公演「悲劇的」
<一期一会の火花の散るような一夜>
佐渡裕にとってマーラー「第6」は極めて重要な意味をもつ1曲である。
この曲を初めて日本で指揮したのは、いまからほぼ20年前、1991年にさかのぼる。その後も佐渡はことあるごとに「第6」をとりあげ、イタリア、フランス、そして兵庫でと、回数を重ねてきた。
師匠レナード・バーンスタインの最晩年、佐渡がウィーン・フィルとの練習に付き添った曲の一つも、この「第6」であった。そのときバーンスタインは、ウィーン・フィルを前に、第1楽章冒頭の行進曲の部分で、あろうことかナチスの「ハイル・ヒトラー」式の敬礼を思わせるように片手を前方に差し出してみせたのだという。かつてウィーンはナチスに占領され、ヒトラーを歓呼して迎えた町でもある。この作品を、マーラー個人の悲劇や死の予感といった観点のみから捉えず、作曲家の死後数十年たった後の世界史的な記憶をも視野に包摂し、それを生々しく蘇らせるようなこうした姿勢は、佐渡の脳裏にいまも鮮やかに刻みつけられている。
いわば佐渡にとって「第6」は原点のひとつであり、その後もキャリアの積み重ねとともに、着々と解釈を深化させてきた、特別な作品なのである。
佐渡はこう語る。
「やはり〈予言的〉なものを感じますね。この曲は複雑な編成で、いろいろなドロドロとした思いが込められている一方、見事に整理されていくシンプルな部分もあります。マーラーがウィーン宮廷歌劇場を率いていた、一番幸せなときの作品でもあります。そして何よりも、後期ロマン派の最高潮であり、人の思いこみが芸術になっていく時代の最高の交響曲です」
「悲劇的」というニックネームのおかげで、この交響曲はだいぶ誤解されている面がある。だが、経験豊かな佐渡の解釈は、「第6」本来の広大な視野と豊かな感情表現を取り戻してくれるものとなるに違いない。
一方の日本フィルだが、この「第6」は、もっとも彼ららしさの発揮されやすい、いわば得意の作品といってもいいのではないだろうか。オーケストラ全体が一丸となって熱くなる、あの比類ない燃焼度、ロマンティックな体質こそが、日本フィルの本領だからだ。
佐渡=日本フィル=マーラー「第6」。滅多にないこの組み合わせ。一期一会の火花の散るような一夜となるに違いない。
林田直樹氏/日本フィル公式HPより
<指揮>佐渡裕
マーラー:交響曲第6番《悲劇的》
●私は佐渡さんとは「お初にお目にかかります」だがTVで見ているより大分痩せて見えたので心配。しかしながらいつもの定演とはまた違った意味の特別演奏会という事で緊張感チラチラ。私のマーラー師匠である実弟を招いての鑑賞になったが終演後、彼も絶賛して興奮気味だった。相変わらず「管」が頑張ってくれたお陰でこの6番も非常に多彩な音の乱舞に、心地よく酔えた80分だった。















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